【源流を遡る思考】エコシステムという名のバグ:誰がこの不合理な社会を設計したのか?
現代社会という巨大なシステムは、今、至る所で致命的なエラーを吐き出している。私たちは「環境保護」や「復旧」といった美しいインターフェースの裏側で、いかに不合理なソースコードが走っているかを見極めなければならない。
最初に、身近で起きた破壊と、その後の社会の不自然な反応について問いかけたい。
静岡県熱海市伊豆山地区で、山地崩壊による大規模な土石流災害が起きた。この事態は、最終的に「どのように収束」されたのだろうか?あれほど甚大な被害と、人為的な自然改変の恐ろしさが露呈したにもかかわらず、なぜ「全国的な山林開発の根本的見直し」へと問題視が拡大しなかったのか。だれが、どのような力学を用いて、この問題を局所的な「一業者の不法投棄問題」として幕引きさせたのか。
別の事象として、石川県の災害復旧の件にも触れておきたい。水道インフラの復旧において、従来型の長大な水道管の修復と、独立して水を再生・循環できる「WOTA Unit」のような自律分散型システムの導入効果を比較したとき、合理的で迅速な代替手段の全面的な普及を「誰が」停滞させているのだろうか。復旧のための国家予算は十分に確保されているはずだ。人手不足が原因だというが、純粋な市場原理で考えれば、現場の賃金を単純に2倍にすれば人材は集まり、簡単に解決するのではないか。なぜ、その極めてシンプルな手段が実行されないのか。
これらの疑問を起点に、「太陽光パネルの推進」を例として、この社会で稼働している不整合なシステム全体を、上流の要件定義から下流の廃棄プロセスまで俯瞰してみたい。
1. 源流とサプライチェーン:誰がルールを作り、誰が優位なのか?
太陽光パネルの推進を、誰が最初に行ったのか。源流を追求する。「環境保護」という大義名分のもとで欧米を中心にルールが形成されたが、現在の太陽光パネルの製造・原材料(ポリシリコンからモジュールまで)は、特定の国(主に中国)が8割以上のシェアを握り、圧倒的に優位な状況にある。源流のルールは、結果的に特定の人物像や国家の産業優位性を決定的に高める「富の偏在システム」として機能していることが分かる。
2. 物理的現実と環境負荷:エネルギー密度の不整合
導入効果はどうなのか。発電量と施設面積の関係から、自然への負荷を具体的な数値で可視化する。
太陽光は本質的に「エネルギー密度が極めて低い」という物理的特性を持つ。僅かな電力を得るために、広大な面積を必要とする。このエネルギー密度の低さが、全体(国の電力網のベースロード)に対してどの程度実質的に貢献しているのか。自然界の多様性破壊、土砂崩れ、水質変化、山地(水源、生物、動物)の喪失など、今まさに起きている不整合を記録しなければならない。低密度のエネルギーを集めるために、高密度の自然環境を破壊しているのだ。
3. 政策とステークホルダー:滞留する血流と利権の構造
補助金制度(FITなど)で、この不合理な政策を後押ししている構造がある。誰がこの施設を構築しているのかに注目し、記録する。
社会の資金や資源の流通は、人間の身体で言えば「血液」である。石川県の復旧で現場の賃金が上がらないのは、多重下請け構造の中でその血流が中抜きされ、滞留しているからだ。太陽光においても同様に、外資系企業や地元外の投資家が制度を利用して利益を吸い上げている。地域差を考慮しない一律の政策やグレーな制度設計は、行政側の権力となり、国民への圧力となる。盲目に政策を推進している人物や組織を記録し、だれが加担し、だれが拒否したのかを分類する必要がある。腐敗を防ぐためには、権力の裁量と利害関係をオープンな場でモニタリングする仕組みが不可欠だ。
4. 時間スケールの拡大:ライフサイクルと技術の敗北
さらに時間スケールを拡大して思考する。耐用年数が過ぎた後、必然的にリサイクル問題が起きる。エネルギーの蓄積(蓄電池の寿命や資源採掘の環境負荷)の問題も含めて、部分的な費用対効果ではなく、全体のライフサイクルコストを推測する。
日本にはすでに、パネルのガラスや金属を綺麗に分離できる高度なリサイクル技術が開発されている。しかし、不幸にもその稼働は停滞している。なぜか。安価な「埋め立て(あるいは不法投棄)」の方が経済的コストが低く設定されている市場のバグがあるからだ。さらに、源流から流れてきた安価な海外製パネルにはアンチモンなどの有害物質が含まれていることが多く、せっかく抽出したガラスの再利用を不可能にしている。「作る側」のコストダウンのツケが、「捨てる側」の優れた技術を無効化しているのだ。誰がリサイクル問題について問題視し、誰が「不法投棄が増えるから」という理由で法制化を先送りしているのか、記録しなければならない。
結び:ライフ・オペレーションの奪還
源流から資源調達、製造、推進、実施、現状、リサイクルの流れ。全体工程のライフサイクルを分析すると、有利な人物像が見えてくる。
太陽光パネルの強引な推進、熱海市伊豆山地区の不自然な幕引き、そして石川県におけるインフラ復旧の停滞。一見バラバラに見えるこれらの事象は、根底で繋がっている。一部の巨大な資本や既存のシステムを温存するために、理にかなった技術が意図的に停滞させられ、その結果生じる「自然破壊」や「社会の機能不全」というバグが、すべて現場や末端の国民に押し付けられている。
私たちは「エコ」や「人手不足」といった思考停止を誘う言葉に騙されてはいけない。上から下へ、中央から地方へ一律に押し付けられるブラックボックス化されたルールの時代は限界を迎えている。
システムの源流を見極め、社会の血流が正しく循環しているかを注視し続けること。自らの思考を研ぎ澄まし、不整合な社会の正体を記録・分析していくことこそが、私たち自身の生を制御する「ライフ・オペレーション」の第一歩となる。